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2012年09月26日

72年前の南ア登山地図。その②



さて。続きだ。

前回は峠に関して書いたが、

今回はシバリなく興味が湧いたところをテキトーに。





■青木鉱泉~南御室小屋

現在、青木鉱泉からは中道と呼ばれる薬師岳への道があるが、

当時は青木鉱泉から南御室小屋へ至る道のほうがメインだったようだ。


72年前の南ア登山地図。その②



中道も今とは違い、旧青木湯跡から薬師岳に続いている。


あと、この地図で気になるのは北御室小屋だろうか。

この地図が付いていたガイド本に書いてあったのだが、

この当時、鳳凰小屋は荒れていて北御室小屋がメインで利用されていたとのこと。

鳳凰小屋と北御室小屋は徒歩10分ぐらいの距離だったようだ。


それにしても、、、

薬師岳を中心に見て、キレイに北と南に御室小屋があるものだ。





■野呂川方面から北岳

去年、弘法小屋尾根に登った時、

奈良田からのバスに乗り、野呂川発電所というバス停で下車した。

そこから荒川沿いに入って行き、弘法小屋尾根に取り付いた。

その辺りの話である。


野呂川と荒川の出合が右端にある荒川小屋。


72年前の南ア登山地図。その②



当時はそれなり利用されていたようで、

webでいくつか荒川小屋に関する記載を見つけた。

【白籏史朗の甲斐山歌】

【野呂川周辺に関する質問】



さて。道の話。

この地図ではそれなりに知られている、

荒川本谷と北沢から稜線に至る道の他に、

ボーコン沢を詰めて池山吊尾根へ、

アスナロ沢を詰めて農鳥岳へ出る道の記載がある。


ただ、現在の地形図を見ると、

この地図でアスナロ沢とされているのは、

農鳥沢のようで、その一本東側にいかにも険し気なアスナロ沢がある。


72年前の南ア登山地図。その②



その沢は登れる感じではないので農鳥沢が正しいのだろう。



webで検索をかけてみたが、

ボーコン沢、アスナロ沢、共に遡行記録などは見つからなかった。





■野呂川方面から仙丈ヶ岳

野呂川をさらに遡り、両俣小屋に近づく。

この地図では小仙丈沢&大仙丈沢それぞれで稜線に上がる道が記されている。


72年前の南ア登山地図。その②



小仙丈沢のほうは検索するとたくさんの遡行記録が出てくるが、

大仙丈沢はあまりヒットしなかった。


おそらく南ア沢登りをやる人達には珍しくない所なのだろうが、

こうしてさらりと道が載っているのは初めて見たので載せることにした。


下の写真は数年前のGWに撮ったどちらかの沢(大仙丈沢か?)の写真である。

72年前の南ア登山地図。その②





■両俣小屋~右俣沢~三峰岳

両俣小屋と言えば左俣沢から北岳へ、というイメージが強い。

(その道も去年崩落してしまい通行止めが続いているが。)

しかし、この当時は右俣沢沿いに三峰岳というルートもあったようだ。


72年前の南ア登山地図。その②



距離的には合理的だが、

野呂川越に上がって仙塩尾根を行ったほうが時間はかからなかったのかも知れない。

それじゃなきゃ廃れることも無かったのだろうし。





■南ア林道&公園線が出来る前

最後に、

南ア林道が出来る前のこの地図と、現在の地図を比べてみる。

本当に南アは深かったというのがよく分かる。



・芦安~夜叉神峠

今でも芦安から夜叉神峠登山口までは旧道がある。

なので、この区間が一番林道による変化は少ないかもしれない。


72年前の南ア登山地図。その②







・夜叉神峠~広河原

この区間が一番変化があるだろうと思う。

今は林道&公園線共に野呂川の左岸&右岸を走り広河原に着くが、

当時は広河原に行くには杖立峠からトラバースをしながら下るしかなかったようだ。

夜叉神峠から野呂川に下り、川沿いに広河原まで遡るルートもあるが破線である。

杖立峠からがメインだったのだろう。

もし、芦安から北岳に登る場合は、

夜叉神峠から広河原まで行くより、

荒川出合へ一旦下り、池山吊尾根を行ったほうが無駄が無かったであろう。

昔は池山吊尾根がメインルートだった意味が分かる。


72年前の南ア登山地図。その②









・広河原~北沢峠

この区間は今の林道と大差ない。

林道の代わりに登山道が同じように付いている。


72年前の南ア登山地図。その②







・北沢峠~戸台

ココは今の林道付近に登山道はない。

しかし、現在でも冬季になると戸台川沿いに北沢峠まで行く道はバリバリ現役なので、

そんなに違和感は感じないだろうか。


72年前の南ア登山地図。その②











72年前の登山地図。

妄想していた場所にズバリ道が付いていたり、

まったく想像もしなかった所にメインの道が付いていたり、

何とも楽しい時間を過ごさせてもらった。

この地図が付いていたガイド本と共に大切にしていきたいと思う。



出来れば同時期の南ア南部の地図も欲しいなぁと思うのだが、

出版されていたのかも定かではないので難しいだろう。







※地図に関してはコレで終りますが、、、
 その他に買った昔の雑誌なんかの話もそのうち書きますね~。











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この記事へのコメント
工場長さん、おはようございます。

地図妄想好きとして2回にわたる古地図連載堪能させていただきました。
個人的には特に仙水峠の北側と、杖立峠から広河原の道にかなり心ひかれました。
広河原は今でも林道がなければこの道なんですかね。
そうすれば、あんなに混むことは無くてむしろいいなあ。。。とか。

以前早稲田の古本街で山古地図を探したことがありましたが見つからず、
今度は神保町徘徊してみます!
Posted by kontaka at 2012年09月27日 07:14
おはようっス。。。工場長!

いい、 いいっす、 、、この古地図、、、

神保町行こうかなぁ。。。
Posted by yamabuki@朝飯後 at 2012年09月27日 07:54
kontakaさん。ちわッス!!

>地図妄想好きとして2回にわたる古地図連載堪能させていただきました
おお。同志。
地図妄想派には垂涎の地図ですよね。
入手出来てラッキーでした。

>個人的には特に仙水峠の北側と、杖立峠から広河原の道にかなり心ひかれました。
やっぱりそうですか。
今は無きメインルートですもんね。
仙水峠のほうは昨夜webで検索してみると、
大武川遡行のワードでいくつか記録が見つかりました。

>そうすれば、あんなに混むことは無くてむしろいいなあ。。。とか。
いや。。。
大きな声では言えませんが、
林道も公園線も無くなればイイのにと思ったことも、
一度や二度ではありませんよ。。。俺も。。。

>今度は神保町徘徊してみます!
日曜日は閉まっている所が多いので外して行ったほうがイイです~。
Posted by 工場長@職場 at 2012年09月27日 08:39
yamabukiさん。ちわッス!!

>神保町行こうかなぁ。。。
山梨からじゃ遠いよね。。。
甲府とかに古本屋街とか無いんでしょうか。
Posted by 工場長@職場 at 2012年09月27日 08:41
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